メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2018.4.3この記事の所要時間:約6分

何にも追われず、ストレスをためず、自由に穏やかに生きたい。そう心から願いながらも、仕事の山に囲まれて、結果を出さねばならないプレッシャーがあり、複雑な人間関係の中で生きる日常でそうした状態を生み出すのは、存外難しいものです。

今回お話を伺ったのは、昨季パ・リーグの新人王に輝いた埼玉西武ライオンズの源田壮亮選手。控えめな笑顔や朴訥とした口調からは、厳しいプロの世界で荒波に揉まれ、全試合フルイニング出場、しかも新人の遊撃手としては史上初という偉業を成し遂げたというタフさはほとんど感じられません。チームで自分を生かすためにすべきことを考え、力むことなく実力を出し続けた源田選手のセルフマネージメントの秘密を探りました。

 

源田壮亮選手

 

得意を伸ばすのは、チームの信頼を得るため

年間を通して全143試合フルイニングに出場する、ということが、初めての環境でのストレスも加味される新人選手にとってどれほど大変なことか、想像に難くありません。それを成し遂げた源田選手は、常に順風満帆だったように見えますが、実はトヨタの社会人野球チームに在籍中、“チームでの自分の役割”について考える契機がありました。

バッティングの強い選手が多いチームの中で、守備力が売りの源田選手は毎試合プレーに出る状態が当たり前になっていたところ、1年目の都市対抗でレギュラーを外されてしまいます。

「そのときから“試合に出たい”という思いを意識するようになり、ならば“どうすれば試合で使ってもらえるか”と考えるようになりました。それからコーチにお願いして、つきっきりで守備を特訓してもらったんです。自分の得意は守備、だから守備では信頼してもらいたいと」

 

定位置で守備をしている源田壮亮選手

 

その努力が功を奏し、2年目からは途中で交代させられることがなくなったといいます。得意の守備を強化するというのは、ある意味、まんべんなく力をつけるという方向性を捨てて“強みに賭ける”ことですから、覚悟も必要だったはずです。

「今になってコーチから言われるのは『普通だったら苦手なバッティングを頑張るのに、お前は得意な守備をとことんやったのが、よかったんだろうなあ』ということ。自分は、試合で使う選手をコーチが考えたとき、“計算しやすい選手”になりたかったんですよね」

“計算しやすい選手”になるためは、組織の中で自分がどう位置づけられているかを捉え、期待されているポイントでは絶対に裏切らない実力をつけることが必要です。位置取りを外さない直感力と自分を客観的に見られる力、さらに努力をもって、チームの信頼を得ていったのでしょう。

等身大の自分が出せるから、力まない

とはいえ、源田選手には、チームでの自分の存在感を常に意識しているような表情のこわばりが感じられません。できないこと、困ったこと、行き詰まりなどを過度に隠さずぽろぽろとこぼしていくようで、その自然体の姿が新鮮です。

「盗塁するときにも、打席にいるバッターのことを考えます。盗塁できたとしても、そのバッターが三振してしまったときは、試合中に本人に『あのとき、走ってよかったんですか』と聞きに行きます」

そんな源田選手に先輩たちは、大丈夫だから、と温かい言葉をかけてくれるそうです。細かい体裁を気にせず、疑問に感じたところをためないで消化していくことで、迷いなく次のステップへ進んでいきます。

また、たとえば、打席に入ったときに感じるプレッシャーは、歯を食いしばって乗り越えるのでも、メラメラと闘志を燃やすのでもないといいます。

「どうしよう、どうすればいいだろう、とすごく考えながら打席に立ちますね。不安だから」

不安だから考えに考え、それでも不安なときは、まわりが言葉をかけてくれます。

「トヨタ時代の先輩でもある金子千尋投手(オリックス・バファローズ)と対戦したときがあったのですが、コーチに『あんなの打てるわけないんだから。だってあっちは5億だぞ? 開き直っていけ』と言われました。それで、開き直って打ったら、ヒットが出ました」と源田選手は軽やかに笑いました。

 

インタビューに答える源田壮亮選手

 

変に構えない、素直なふるまいに、誰もが応援したくなるのかもしれません。

まわりの声を取り入れながら成長する源田選手は、だからこそ周囲へそっと心を配ります。自分が守備に入るときには、ギリギリに見える派手なプレーはなるべくしないようにしているそうです。「できるだけ、普通に打ち取っているように見えるようにしたいんです」。チームプレーでは、自分が目立つことよりも、ピッチャーへストレスをかけないようにすることが大事だという判断が、そこにはあります。

新しい環境での不調は、意志力で制し、無意志力で流す

実力を出すために大事なことのひとつに、体調管理があります。1年間休みなく出場しつづけるためにどれほど心を砕いているのかと思えば、「特に……何もしていないですね」という源田選手です。目下25歳、体力あふれるときではあります。一日に何度か熱いお風呂に入って身体を温め、よく眠り、休日には買い物をしたり映画を見たりとリラックスした時間を送っているとのことです。「こういう身体に生んでくれた親に感謝ですね」と持ち前の丈夫さを活かし、体調に神経を使いすぎないのが、源田選手流の身体との付き合いのようです。

 

リラックスした様子の源田壮亮選手

 

それでも春先のキャンプでは気疲れし、終わってほっと気が抜けた瞬間、胃腸炎にかかって数日寝込んだこともありました。期待を背負ってプロ入りし、新しい環境に順応するところから始まる緊張の日々に、身体が反応したのでしょう。「でも、慣れてきました。みんな優しかったから」

夏には、身体がきついなあ、と取れない疲れを感じるようになったといいます。それでも翌日には試合が控えていて、まとまった休養はとれません。「寮に帰ってご飯を食べ、また寝る前に卵かけごはんを無理矢理かきこんでいましたね。体重が減らないようにすることだけを考えて」。食欲ではなく、意志の力でエネルギーを補給し、1年間体重をキープしたとのことです。

本当に必要なことはきちんと取り入れ、あとは気にしない。そんな大らかで緩急のついた体調管理によって、源田選手は結果的に年間を通じてコンディションを維持してきたわけです。

周囲が温かいから、不安なく、野球に集中できる

源田選手のまわりには、温かくて明るいチームメイトの姿があります。日々試合に臨む選手のパフォーマンスがより上がるのは、もしかしたら不必要な緊張を強いることのない環境があるときなのかもしれません。「もともとはけっこう引きずるタイプだったんですが、たとえ試合でエラーしても、先輩たちや監督、コーチがそれをネタにしていじってくれるんです」

自身の育った家庭も、リラックスしていられる場所だったといいます。つまらないことで喧嘩をし、でもすぐ仲直り。言いたいことが言える、仲の良い家族の中で伸びやかに過ごしていたそうです。そして、将来は結婚したい、という源田選手の理想の夫婦は、両親だそうです。「今でも毎日、お母さんからLINEが来ますよ。『今日もあなたらしくね』と書いてあって。スタンプで返信しますけどね」

企業人という立場からプロ野球選手へと転じ、「将来の保証はないよ」と心配しながらも応援してくれる家族がいるのは、心強いことでしょう。ただ、源田選手は決然とした眼差しで、「自分で決めたことだから、後悔はないです。やってみて、ダメかもしれないけれど、やってみないとわからない」と言い、続けて「将来のこともちゃんと考えていますから」と笑います。チームも家族も温かいからこそ、飛ぶことに臆病にならず、かといって無謀でもなく、等身大の自分でチャレンジを続けていけるのでしょう。

源田選手は将来、チームの先輩である栗山巧選手のように「彼がいれば何とかしてくれる」と思ってもらえる選手になりたいと、目標を定めます。「チームからもファンからも信頼されるためには、結果を積み上げていくしかないですね」。“チームの中の自分”を冷静に捉え、やるべきことを思考し、そのための実力をつけていく。それは、組織に生きる強さのつくり方を知る源田選手ならではの、しなやかで芯のある生き方だと言っても過言ではありません。

 

源田壮亮選手

 

<源田壮亮選手プロフィール>
出身地:大分県
出身校および球歴:県立大分商業高校~愛知学院大学~トヨタ自動車~埼玉西武ライオンズ
生年月日:1993年2月16日
入団:2016年ドラフト 3 位で入団

 

 

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Posted: April 3, 2018