メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2018.10.12この記事の所要時間:約7分

70才でスイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(ランニング)の3つをかけ合わせた競技「トライアスロン」に出合い、2015年に83才の時に通常のトライアスロンより長い距離のアイアンマンディスタンスで争われる、世界で最も過酷と言われる競技の一つ「アイアンマン世界選手権大会」で世界最高齢完走記録を樹立。壮絶な記録を打ち立て、今も日々トレーニングを積む稲田弘さんに、若さとチャレンジ精神の源はどこにあるのか、お話を伺いました。

退職から3日後にジムに入会 アスリート人生のスタートは60才

すべての始まりは60才のとき。難病に倒れた奥さまの看病をするために、長年務めた記者の仕事を退職した直後のことでした。

「自宅の目の前に、新しいジムがオープンしたんです。妻に何かあってもすぐに家に戻れるし、もともと体を動かすことが好きだったこともあり、退職の3日後に入会を決めました」

 

稲田弘さん

 

ジムにはプールが併設されており、水泳に興味があった稲田さんはスクールに参加することに。どんどん上達していき泳げるようになったころで、水泳とランニングを組み合わせた「アクアスロン」の大会に初めて挑みました。

「初めて出場した大会ではダントツの最下位。ただ、僕のほかに60代の出場者は誰もいなかったので、特別枠として高齢者賞をいただいたのは、本当にうれしかったですね」と笑顔を見せます。

この喜びがきっかけとなりアクアスロンを続けた稲田さん。アクアスロンの大会には多くのトライアスロン選手が参加するそうですが、競技用の自転車にまたがり、アクアスロンの大会に颯爽と現れる選手たちの姿に憧れ、69才のときに自転車を購入。好奇心から購入した自転車が思いのほか楽しかった稲田さんは「これならトライアスロンも完走できるかも」と翌年、一般的なトライアスロン、オリンピック・ディスタンス(総距離51.5km)のレースに挑み、見事完走しました。「挑む楽しさ」と「完走する喜び」を体感した稲田さんは、それを皮切りに、以来、年間4〜5大会ほどのペースで出場しているそうです。

退職3日後のジム入会に始まり、自転車に憧れトライアスロンに挑戦するまで、まさにノンストップで走り続けてきた稲田さん。このころに奥さまが息を引き取り、深く落ち込んでしまったそうですが、何とかその喪失感を乗り越えレースに復帰。稲田さんは以前にも増して競技に打ち込んでいったそうです。

76才で実感した「トライアスロン」の壁

さまざまな大会に出場し、より長い距離のレースも完走し、着実に実力をつけていった稲田さん。しかし、76才の時に初挑戦した、アイアンマンディスタンス(スイム3.8km、バイク180.2km、ラン42.195km)のレース「五島長崎 アイアンマンジャパン」で、競技人生初の挫折を味わったそうです。

 

初めての挫折を振り返る稲田さん 初めての挫折を振り返る稲田さん

 

「その時は、ランの折り返し地点でストップをかけられてしまったんです。制限時間内でしたが、折り返しても完走できる時間は残っていないのでリタイアするように言われました。完走よりもトライアスロンを楽しむことが目標にしていましたが、やっぱり悔しくて……」と当時を振り返ります。

ゴール地点でうつむき、座り込んでいた稲田さんに大会役員の一人が声をかけてくれたそうです。

「このまま一人でトレーニングをしていても、来年も結果は同じだと思う。千葉県在住なら『稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ』に通ってみては?」とクラブチームを紹介してくれたそうです。

稲毛インターナショナルトライアスロンクラブは、多くのトップアスリートを排出している日本屈指のトライアスロンクラブ。ここまで非常に積極的に動いてきた稲田さんも、当初は自身の年齢を考えて、入会をためらったそうです。しかし、五島での経験があってから「リベンジしたい」という気持ちがふつふつと湧き上がり、意を決して同クラブの門を叩きました。

失敗がさらに自分を強くしていった

「クラブに入って、周りの選手に刺激を受けるようになってから“一人ではこれ以上は上を目指せない”という言葉の意味がわかったような気がしました」というように、仲間を得た稲田さんのタイムは劇的に向上していきました。

 

アイアンマン世界選手権大会で自転車を漕ぐ稲田さん アイアンマン世界選手権大会で自転車を漕ぐ稲田さん

 

クラブでの本格的なトレーニングは稲田さんにとって過酷なもので、当初はトレーナーが作ってくれた練習メニューをこなすだけでも大変だったそうです。それでも投げ出すことなく練習を続けながら大会での実績を積み上げ、ついに2011年にハワイで開催された世界で最も過酷とされる「アイアンマン世界選手権大会」への出場が実現しました。

こうして、世界最高峰の戦いに満を持して挑んだ稲田さんですが、初回挑戦の結果はスイムでリタイア。「1年目は勝手がわからなかったね」という稲田さん。しかし、その時の教訓を生かして翌年には80才で完走、コースレコードで優勝し、世界中から注目を浴びることとなりました。

稲田さんは自身の原動力について「失敗からの学び」にあると、語ります。

「レース前に食べすぎたり、レース中に熱中症を発症したりして時間内完走できなかったこともありますが、失敗の原因は、いつもはっきりしています。一つひとつを克服していけば、絶対に完走できるんだ、ということをこれまでの経験から知っているんです」。このように自信を持って語る稲田さんからは、失敗から学び前に進む力に変えてきた力強さを感じます。

「2015年に制限時間を5秒オーバーして失格になったことも、自分のやる気に火をつけるきっかけになりました」と熱弁する稲田さん。翌2016年のレースでは見事、2度目の時間内完走を達成、世界最高齢の完走者となります。失敗してもただでは起き上がらない鉄人・稲田さんのライバルは、過去の自分自身なのです。

 

2016年アイアンマン世界選手権大会で世代別優勝をしたときの様子 2016年アイアンマン世界選手権大会で世代別優勝をしたときの様子

 

“体作り”が最優先、稲田さんの体を作る食事とは

70才からスタートした、稲田さんのアスリート人生。クラブに入会して以降は、トレーニング中心の生活を送っています。トレーニングは朝6時からスタート。コーチが作成したメニューに従って練習を行います。日によっては自転車で150kmの距離を走る日もあり、かなり過酷なメニューをこなすことも。それでも「休むわけにはいかない」と、稲田さんは話します。

自分の体については「毎日のように体力の衰えを感じているので、体力を維持するためにも練習を休むことは考えられません。当然ですが、僕の場合は若い選手に比べて、ひとつのメニューをこなすためにかなりの時間を要します。真剣に楽しく練習していますが、食事や睡眠時間を確保して休息の時間を得るためにも、とにかく時間が足りない。時間配分がとても難しいですね」と話します。

また日々の食事について次のように続けます。「ほとんど毎日同じメニューを食べています。タンパク質とカルシウムを摂るための魚、キムチや納豆などの発酵食品。それから野菜が沢山入った味噌汁など、体のことを第一に考えていたら、自然と魚中心の和食になっていましたね」

トライアスロンを始めてから、稲田さんは食事の大切さが身にしみて感じられるようになったそうです。「体を作るのは絶対に食事です」と、主張されていたのが印象的でした。

若さの秘訣は、若い世代の選手との交流

稲田さんにとってクラブの仲間たちの存在は、何にも代えがたい活力の源になっています。自転車のトレーニング中も、道に迷っているときには案内をしてくれたり、「一緒に行こう!」と鼓舞してくれたりと、日頃から互いに高め合っていることを実感しているそうです。

 

“若者との交流”が元気の秘訣という稲田さん “若者との交流”が元気の秘訣という稲田さん

 

「若い人と一緒にいると、自分の年齢を忘れて気持ちがどんどん若くなる。トレーニングや食事の効果もありますが、それ以上に“若者との交流”が僕にとって元気の秘訣になっているのは間違いありません」と、何よりもコミュニケーションが稲田さんに活力をもたらしていると話してくれました。

さらにその体験から「もし、40代くらいの年齢で老後に不安を感じているなら、幅広い年齢の人と取り留めのない話をして笑えるような交流を持つようになれば、そうした不安も拭えるような気がしますよ」と私たちにアドバイスをくれました。

稲田さんは「人に親切にしてもらったら、自分も返さなくてはダメ。人からもらう思いやりは本当にうれしい」と語っています。周囲の選手にとっても、世界最高齢でアイアンマンレースを完走した稲田さんの存在は刺激になっているはず。トライアスロンでつながった稲田さんと若い選手の絆は、お互いに高みを目指すために欠かせない要素となっているのです。

「もともとは自分が好きで始めたトライアスロンですが、今では世界中の人に応援してもらえるようになって、自分だけの話ではなくなった。その期待の分だけ『次回は完走しなければ』という、いい意味でのプレッシャーになっていますね」と白い歯を見せます。

稲田さんの笑顔には、周囲を元気づける不思議な魅力と、説得力をまとった力強さがあります。失敗の悔しさをバネにアイアンマンに挑戦するチャレンジ精神と若者との交流……さまざまな要素が折り重なり、稲田さんのほとばしる“生命力”へとつながっているのかもしれません。

 

稲田弘さん

 

<稲田弘さんプロフィール>
昭和7年生まれ。NHKの放送記者として長年勤務し、60才で退職。その後、70才の時にトライアスロンに出合い、2016年83才の時に挑戦した「アイアンマン世界選手権」で世界最高齢完走記録を更新し、世界中から注目の的に。稲毛インターナショナルトライアスロンクラブに所属し、トレーニングを重ねている。

 

 

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Posted: October 12, 2018