メットライフ生命「#老後を変える」編集部 2018.8.31この記事の所要時間:約6分

 滋賀県の北東部に位置する長浜市、その中心市街は羽柴秀吉が長浜城の城下町として整備、発展したエリア。それ以前は、小谷山(伊部山)に築かれた日本五大山城の一つ小谷城と、浅井長政とお市の方との悲劇の舞台としても知られています。駅から続くのどかな田園風景の中しばらく車を走らせると、株式会社マグネットエリアのオフィスがあります。今回お話をお聞きする、代表の木原幹仁さんが「霊峰伊吹山が見えるのがいいでしょう」と迎え入れてくれました。

お父さまとの別れで保険の意味を強く意識したとお聞きました

 滋賀県の北東部である長浜市は、湖北エリアといわれています。私は木原家の長男として、ここで生まれました。父は地元の郵便局員でしたが、私は学生時代、別の仕事をするだろうと漠然と考えていました。でも、就職活動の中で結局、父と同じ郵便局員になりました。最初は郵便配達員をしていましたが、2年後の1996年には郵便局の保険を販売する部署に異動しました。それが私と保険の最初の出合いでした。その当時から、ずっと郵便局員をやっているつもりはなく、しばらくしたら地元から離れて仕事をしようとも考えていました。周辺を見てもらえればわかると思いますが、ご覧のとおり何もない場所なので、当時の若い私にとっては刺激が足りなかったのだと思います。

 

保険との出合いを語る木原さん

 

 保険と出合ったのと同じ年(1996年)、私にとって大きな転機がありました。年末に、父が末期がんということがわかり、翌年には52歳という若さで他界してしまいました。この時、父の保険が満期を迎え契約期間が終了していたため、無保険の状態であることがわかりました。お金がとてもかかり、大変な思いをしました。保険の仕事に携わったのとほぼ同時に、それを利用できないことの大変さを誰よりも痛感しました。

 父の葬儀の時、多くの方々がいらっしゃって「あなたのお父さまは本当にすばらしい人だった」と褒めてくれました。その時に「ああ、父は大きい存在だったんだな」という想いと、当時49歳だった母を独りで残してはいけないと気づき、この先も地元で仕事をしていくことを意識し、考え始めるようになりました。当時、私は26歳でした。そして29歳で結婚し、子どもを授かったことも大きかったと思います。

 ただ、父のようにずっと郵便局に勤めようとは思っていませんでした。私は2009年には郵便局を辞め、別の会社で1年間保険の営業の修行をしてから個人として独立しました。母は当初、猛反対していましたが、最近になってようやく認めてくれるようになりました。

 個人で仕事をしながら、法人化を目指したのは2015年。メットライフ生命の「マグネットエージェンシー」という考え(=ここで保険に加入したい、相談したいとお客さまが集う、ここで働きたい、成長したいと仲間が集う「磁石」のように地域の人々を惹きつける魅力的な代理店)を聞いて「これだ!」と思いました。「“地域”を英語にすると“エリア”だから、社名は“マグネットエリア”がいい!」とひらめいたので、すぐに行動に移し、5ヵ月後には株式会社を立ち上げました。その頃には、すっかり地元愛に目覚めていました。

 当初は地元にあまり関心もなかった私を大きく変えたのは仕事だけではありません。サッカーがもう一つの理由です。

サッカーで地元愛が高まったとはどういうことですか?

 子どもを育てながら地域の人と交流をしていくうちに、地元の良さ、魅力をより強く感じるようになってきました。年を取ったからだとは思いたくないのですが、さまざまな経験を積むうちに、やはり自分にとって生まれ育ったこのエリアが特別だと気づいたからだと思います。実は、私は子どもの頃からサッカーが大好きでした。そんな中、息子が小学校2年生の時に、親子でサッカーをやろうと地元の少年サッカーチームに入りました。今から9年前のことです。息子はもう小学校を卒業しましたが、私は今でもコーチをしています。

 

地元愛が高まったという木原さん

 

 そうしてサッカー熱と地元愛がだんだんと高まって、ついに2018年の今年、少年サッカーチームの大会として「マグネットエリア杯」を開催することにしました。社名を冠した大会です。きっかけは、これまでサッカーチームで指導してきた教え子が大人になり、その教え子がコーチとしてチームに戻ってきてくれるようになったことです。

 そういうサッカーを通じた地域の人の繋がりが非常に嬉しく思いますし、今後、その年代の子が結婚し子供が生まれ「サッカーが好き。ゆくゆくはこの街で自分の子どもにもサッカーを教え伝えていきたい」という未来の夢の架け橋になりたいという思いで、私の会社がスポンサーになって、小学校5年生向けのサッカー大会を毎年開催していこうと決断しました。

 手間もお金もかかりますが、大会は子どもたちにとってサッカーをがんばるためのモチベーションになります。(滋賀県)長浜市は田舎なので、地元を離れて就職する方も多い。大会に参加してくれた子どもたちが「マグネットエリア杯が楽しかった」と思い、地元愛に目覚めるきっかけになればと考えています。
 

マグネットエリア杯のトロフィーなど マグネットエリア杯のトロフィーなど

 

 将来的には「青年大会」「シニア大会」などの「同窓会カップ」を開催したいですね。小さな取り組みですが、長浜市の魅力アップに貢献したいです。

世代を超えて地元の魅力を上げようと取り組んでおられるのですね?


 私は保険の仕事をしていますが、実は自分から営業をかけたことがないんです。サッカーチームでも、他のメンバーのご家族に保険のことでお声がけすることもありません。ただ、お金のプロフェッショナルだという自負はあるので、ご相談にはよく乗ります。その結果として、お客さまになっていただくことはあります。一度お客さまになっていただけた以上、一生涯担当させていただく意気込みで取り組んでいます。

 長浜市の市民性は穏やかでまじめ。一方で自分のことをあまり話さないという気質も見受けられます。私自身は、ここに住んでいる人たちに健康で元気な人生を送ってもらいたいと願っているので、話に耳を傾けてもらいたい。そのため、私が地元出身で、地元のことを考えているということは伝えるようにしています。お客さまにご自身のことをお話していただければ、将来に対する備えについて助言もできます。

 

伊吹山を望む地元長浜市の景色

 

 営業をかけずに、お客さま一人ひとりと向き合っていくのは時間もかかり、非効率のように見えるかもしれません。ですが、多様な将来に不安を抱える現代社会においては、簡単で手短な解決策というのはありません。皆さま一人ひとり、それぞれの不安がありますから。不安を一つひとつ解消することで、将来に対する考え方が少しでも明るくなれば、その方たちも「自分の子どもたちに何かを遺そう」とか、ポジティブに考えることもできるようになります。私は、こうして親から子へつながれていく「想いのバトン」がスムーズに受け渡しできるようにお手伝いしたいと考えています。

 そのために私がしていること。まずは健康です。お客さまやそのご家族を一生涯担当させていただくには、自分が健康でいなくてはいけません。40歳を過ぎてから特に健康に対する意識は高まりました。そしてもう一つが、変化に対応できること。私が父を亡くした時のように、人生は何があるかわかりません。また、自分自身が対応できていると思っても社会の変化に対応できないと、困ったことになってしまいます。そういう意味で、自分自身がまずはさまざまな変化に対応できる存在であることを目指しています。

 一番うれしいのは「木原さんがいいんだ、マグネットエリアがいいんだ」と言われることですね。

 そのためにも、私自身だけでなく社員にも、お客さまにとっての「変化の種」になって欲しいと思っています。どんな変化が起きても、私たちはそれに対応できる信頼できる担当者として、お客さまに寄り添い続けたい。それが地元の方々の将来に対する備えになると信じています。

サッカー以外に考えている今後の展開として、長浜で空き家を利用したカフェなど地域の人が気軽に集まれる空間を作りたいと話す木原さん。地元愛は、子どもたちへのスポーツ促進や、カフェなどによる雇用創出など、次々と形になろうとしています。

<木原幹仁さんプロフィール>
滋賀県長浜市出身。大学卒業後、地元の郵便局に就職。郵便配達からかんぽの営業を経て、保険業界に転身。現在は、株式会社マグネットエリア代表。少年サッカーチームのカップ戦を主催するなど、地元長浜市の発展に貢献している。

 

 

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Posted: August 31, 2018